定演まで1週間を切りました
第45回定期演奏会は1月30日(土)。1週間を切りました。
最後の練習が終了。後は当日午前中のリハーサルを残すのみです。
今回の演奏会のメインはブラームスの1番。
区民響でこの曲を取り上げるのは、1988年、1998年に続き12年ぶり3回目となりますが、何度演奏しても飽きない奥の深い曲ですね。指揮をしてくださる三原先生の木目細かい指導で、改めて発見する部分が未だに絶えません。
さて、その三原先生が、ブラ1に関するエッセイを寄稿してくださいました。
一般的に重厚・渋い・ロマンティックと言うイメージのあるブラームスですが先生の印象は….。
≪ブラームスの交響曲第1番≫ブラームスの交響曲第1番は、慎重の上にも慎重な作曲者が、初めて世に問うた自信作とも言える作品です。発案から最終的な完成までに20余年の歳月と要した大作で、ベートーヴェンの不滅の9曲の交響曲に匹敵する作品が書けるまで交響曲は発表しないと本人が自負していただけあって、どこから見ても非の打ち所が無い緻密な構成と、大変優れた管弦楽法によって書かれています。
しかしながら、現在でこそこの曲は傑作としての評価が確立していますが、初演当時におけるブラームスの身近な人々の反応は芳しくなく、最も信頼を寄せていたクララ・シューマンが難色を示したばかりか、ある指揮者には「この第1楽章はどこに主題があるのかね?」と言われてしまいました。第2、第3楽章が交響曲らしいスケールがない、といったことも批判されました。そうした忠告を踏まえて、ブラームスは初演までに大幅な改定を行っており、元来序奏がなかった第1楽章の冒頭に長大な序奏を追加したり、第2楽章の構成を変更して短縮したりして現在演奏されている形になったのです。
私自身は、この曲を傑作であることを認めた上で、「ブラームスの書いた中で最もブラームスらしくない作品」だと思っております。何故ならば、ブラームスという人は、もし目の前に自分が愛している女性がいたとしても決して「私はあなたが好きだ」と言える性格ではなかったにも拘らず、この曲ではそれをはっきりと言っているからです。
有名な第4楽章の序奏部におけるホルンのソロは、ブラームスのクララに対する愛の告白であるばかりか、続くフルートのソロもまた、それを受け入れ熱烈に応えるクララの声であるかのように、演奏者も聴衆も赤面しそうな熱いやり取りが聴かれます。ブラームスにとって真に「清水の舞台から飛び降りたような」思いのこの場面が全曲中のクライマックスではないでしょうか。この箇所に留まらず、全楽章に渡って先述の不滅の9曲を意識してかなり意欲的であり、ベートーヴェン的な作品と言えます。これに比べ、第2番以降の交響曲にはこういった大見得を切ったような場面はなくなり、よりブラームス本来の内向的な心の内を聴くような作品になっています。
ブラームスの音楽は、よく日本人好みと言われており、港北区民響の賛助会員の方々にもブラームスがお好きな方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。特に交響曲第1番には、ベートーヴェンの第5や第9交響曲のように「苦悩から歓喜へ」というはっきりとしたテーマがあり、その筋のわかりやすさと、苦悩を乗り越えて歓喜へ至る真摯なドラマが、辛いことに耐えることの好きな(?)我々日本人に受けるのではないでしょうか。
入場整理券をお持ちの方、是非ご来場いただき、この壮大な愛のロマンをお聴きください。
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