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2018年5月

2018/05/28

<《ラジオ劇風!?》曲目解説> ドヴォルザーク:交響曲第6番

前回の曲目解説は長文なため「読むの面倒くさ」と思った人も多いでしょう。
そこで《ラジオ劇風!?》ドボ6誕生秘話?(笑)
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登場人物:

(リ):ハンス・リヒター。36歳。指揮者。元ホルン奏者。ワグナーチューバの開発者でも知られる。
(ブ):ヨハネス・ブラームス。46歳。作曲家。ウィーン音楽院講師。

(ド):アントニン・ドボルザーク。38歳。作曲家。元オーケストラ楽団員。8年前に作曲家になるべく独立。4年前に自作オペラを初めてプラハで成功させた新進気鋭作曲家。
1879年11月某日、深夜。
ウィーン市内のとあるホイリゲ、今日の演奏会でドボルザークのスラブ狂詩曲を演奏したリヒターを囲んで打ち上げの最中。

(リ):なんで、ああも受けねーのかねぇ。昼間はあんだけ好評だったってぇのに。

(ブ):まあ、そんなこともありますよ。

(リ):なあ、そう言えば、おっさん何で今日はリハから聴いてたんだい。今回はおっさんの曲はやってねぇのによぉ。

(ブ):それはその、アントン君がウィーンに来たと思ったら、僕と遊ぶためじゃなく、君の指揮する演奏会のためって言うもんですから。面白そうだと思って。

(リ):昼間のドレスリハ、アントンと一緒に並んでしゃあしゃあと舞台上で手まで振って。ありゃ、おっさん、アントンの曲に対する拍手なんだぜ。おい、アントン、お前も何か言ってやれ!

(ブ):ははは、僕は人気ありますからねぇ

(ド):ぼ、ぼ、ぼくは、こ、光栄だとお、思うんだな。そ、それに、ぼ、ぼく、はき、君より年上なんだな。

(リ):けっ、こまけーこと言ってるから、ハゲんだよ。

(ド):し、し、失礼なんだな、こ、こ、これはおでこであって、は、は、ハゲではな、いんだな、まったく・・・

(リ):んで、アントンよ、どうすんだ、これ。お前lくやしくねーのかよ。

(ド):べ、べ、別にく、悔しくなんかないんだな。ぼ、ぼくのせいじゃない訳だし・・・

(ブ):それはそーだよねぇ、どっちかと言うとハンス、君のせいか、と。アントン君の曲に君の棒って、重過ぎるんだよねぇ。なんでもシンフォニーっぽくすりゃいいってもんじゃないしぃ・・・

(リ):んだとぉ、おっさん、いいてぇ事言ってくれんじゃねーか。じゃあこうしよう、次はシンフォニーだ。おい、アントン、シンフォニー書け、シンフォニー。なあ、出来んだろ、お前ならさぁ。そうだ、これはあれだな、一昨年やった、おっさんの2番のシンフォニー、お前、あんな感じの曲作れ。んでもって、おっさんの曲より受けさせてやんよ。

(ド):で、できるけど、い、い、いいのかな。そんなの。

(ブ):面白そうですねぇ、同じ調、同じ拍子、テンポとか構成同じにしましょうよ。

(リ):おっ、おっさん話わかるじゃねーか、よっし、じゃあ決まりな。アントン、頼むぜ、な。はっはっはっ!。

(ド):つ、作るけど・・・お、お金・・・

(リ):んな細けーこと気にすんなって、さあ、飲め飲め!

というようなことがあって書かれたのが交響曲第6番なのです(嘘ぴょん!)

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こんな経緯で誕生したドヴォルザークの6番。
この曲に興味を持たれ、定期演奏会の入場整理券をお持ちの方は、どうぞお忘れなくご来場ください!

2018/05/27

<曲目解説> ドヴォルザーク:交響曲第6番

6月3日の第62回定期演奏会のメインは、ドヴォルザークの交響曲第6番。

あまり演奏機会に恵まれない曲ですので、事前にこの曲が誕生するに到った経緯をご紹介します。

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ドボルザークの顔はよく知らている。一方、その生涯はあまり知られていないかもしれない。それは一言で言えば、幸運な出会いの連続である。

例えば、職業専門学校に上った時、ドイツ語教師をしていた教会のオルガニスト、アントニン・リーマンに音楽の才能を見出され、リーマンが両親を説得して音楽の道に進めさせてしまう、とか、その音楽学校では学費に苦労していたところ、裕福な同級生カレル・ベンドルとその一家から全面的に援助されるようになった、とか・・・

学校を卒業し教会オルガニストの職を得ようとして果たせず、止む無くバイオリニストとしてオーケストラで働き始めたら、そのオーケストラでワーグナーが自作品を指揮しプラハ初演するとか、その後ビオラ奏者で転職した先のオーケストラの常任指揮者にスメタナが就任して数年間指導を受けられるようになるとか・・・

極めつけは、オーケストラを辞め作曲家を志し、いくつかのコンクールに応募したところ、審査員だったブラームスから認められて友達付き合いするようになったり、ブラームスが売り込んでくれたお陰で当時の楽譜出版大手ジムロック社から楽譜が出版されるようになったり・・・

こうも都合のいい出会いが続くと本人の行動がすっかり影が薄く見えてしまう。

これらの出会いが1つでも無ければ、今日知られている作曲家ドボルザークは有り得なかった訳で「運も才能のうち」という事なのか。

第6番の交響曲の作曲の経緯も例外では無い。

19世紀後半から20世紀初頭を代表する指揮者であるハンス・リヒターが、1879年11月某日ウィーンフィルの演奏会で取り上げたのはドボルザークのスラブ狂詩曲第3番だった。

演奏会に先立って行われたドレスリハーサル(貴賓を招いての演奏会形式でのリハーサル)は好評で、作曲者ドボルザーク自身もステージ上に呼ばれ喝采を浴びている(この時ブラームスも同席していた事がドボルザーク本人の手紙に書かれている)。

にもかかわらず、演奏会本番では聴衆の反応は冷ややかだった。

不本意な結果を受け、リヒターはすぐさまドボルザークに新しい交響曲の作曲を迫った。この新進の作曲家の力量を是非ともウィーンの聴衆に認めさせたかったのだ。斯くして、翌年書き上げられたのが、このニ長調の交響曲である。

ところが完成してみると、リヒターは出来栄えを称賛したものの、なぜか理由をつけてなかなか初演しようとしない。実は当時ウィーンでオーストリア帝国内の民族運動への反感が高まっており、チェコ人の作品を取り上げにくい情勢になっていたのだった。

しびれを切らせたドボルザークは、結局プラハでチェコフィルによる初演を実現させてしまうのだが、リヒターはその不義理を埋め合わせるかのように1882年にロンドン公演でこの曲を演奏している。

結果的にこれがドボルザークの名声を高める事になる。

ロンドンの演奏会は大成功で、またジムロック社から出版された本作の楽譜も諸方面から注目を集め、ついにはロンドン・フィルハーモニック協会から交響曲第7番の作曲を依頼されるまでになる。

この曲は言わば、ドボルザークの出世作となったのである。

曲はブラームスの交響曲第2番(1877年ウィーン初演)を思わせる。1楽章と4楽章は調性・拍子・構成ともにブラームスの曲に倣っている。これは当初初演を想定していたウィーンの聴衆に合わせた趣向である。とは言えドボルザークらしさに溢れており、ブラームスの交響曲の類似性など言われなければ気づかない程である。

なお、最初に出版された交響曲だったため長い間、第1番とされていたが、ドボルザーク自身は、この曲を最後まで第5番と呼んでいた。ドボルザークは紛失したと思い込んでいた本当の第1番の交響曲の草稿が発見でされて、やっと第6番の交響曲と呼ばれるようになったのは、リヒターが願って果たせなかったウィーンフィルによる初演(1942年)の10年ほど前の事である。

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こんな経緯で誕生したドヴォルザークの6番。
この曲に興味を持たれ、定期演奏会の入場整理券をお持ちの方は、どうぞお忘れなくご来場ください!

2018/05/11

♪ 指揮者インタビュー《その2》 ♪

第62回定期演奏会は長野力哉先生にご指導いただくことになりました。
今回が初めてかと思っていたところ、約30年前の練習の時、一度だけ指揮をしていただいており、2度目のご縁となります!
長野力哉先生インタビューの続きをお届けします。

●先生は海外での演奏機会もおありかと思いますが、旅先で印象深いエピソードがあれば教えてください。

ドヴォルザークの第二の故郷といわれるヴィソカという土地に行ったことがあります。そこにはドヴォルザーク記念館があって、ドヴォルザークの末裔が管理人をやっていました。(もともとはドヴォルザークの義兄、カウニツ伯爵の屋敷)

しかし、バスや電車では行く手段がなくて、通りすがりの人に呼んでもらったタクシーにかなり長い時間乗る羽目になりました。周囲には本当に何もない、自然しか見えないところです。 門からお屋敷まで歩いて5分以上の広大なところ。 あぁ、こういう所でドヴォルザークの音楽が生まれるんだなぁと感慨に浸りました。

ドヴォルザークのイメージがぱっと思い浮かんだり、語れたりする人って少ないと思うんです。

例えばベートーヴェン、モーツァルト、シューベルト、シューマン、ワーグナーなど作曲家の多くは人間に焦点が当たる事がありますが、ドヴォルザークにはないでしょ。 だからある意味では本当に純粋に音楽の中にいた人なのかなと思いますね。

今回メインの交響曲第6番はあまり演奏の機会が多くないけれど、 4番、5番、6番はもっともっと演奏されてもいい曲ですよね。 今回やることによって、多くの人が知ることになるのはとてもいいことです。

●来年も海外での公演がお決まりなんですね。

来年8月に、「ザンクト・フローリアン修道院・大聖堂」(リンツ)と「シュテファン教会・大聖堂」(ウィーン)でブルックナー8番をやるという企画があります。ザンクト・フローリアンはブルックナーの聖地で、彼がオルガニストとして弾いたオルガンがあって、その下には彼の棺が安置されているところです。ザンクト・フローリアン修道院・大聖堂に於ける演奏会で日本のオーストラと日本の指揮者が出演するのはこれが初となります。(1975年の朝比奈隆指揮、大阪フィルの公演は大聖堂の隣のマルモアザールでの公演でした)
区民響のみなさんも是非参加しませんか!?
(ちなみに区民響の来年1月の定期演奏会はブルックナー7番をやる予定です!)

●音楽以外の趣味は何ですか?

読書かな。 ジャンルに関係なく何でも読みます。 岩波文庫なら小さい本屋さんよりたくさん持っているかも。(笑)

最近はある人の自伝を読んで非常に感銘を受けました。 自分が漠然と思っているその人の人物像と実際とのギャップがあるのがわかって興味深いです。 他に散歩でしょうか。

●これから区民響に期待することは?

練習回数がまだ少ないので(インタビューの時は3回目の合奏練習日)、お互いの事が分かっていないと思うんだけど、僕の指揮とお互いの人となりに慣れていって、早く一体になれたらいいと思いますね。

アマオケは人間と音楽でつながっていて、どちらがより比重が大きいと言えないと思うんだけど、僕ももっと溶け込んで行きたいですね。

ドヴォルザークは技術的には特に弦楽器が難しいけど、そこを超えて初めて次の世界に進めるので、早く超えていけるようになるといいですね。

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第62回定期演奏会の観覧応募締め切りは5月14日(必着)です。
こちらのページをご覧になり、奮ってご応募ください。

2018/05/07

♪ 指揮者インタビュー ♪

第62回定期演奏会は長野力哉先生にご指導いただくことになりました。
今回が初めてかと思っていたところ、約30年前の練習の時、一度だけ指揮をしていただいており、2度目のご縁となります!
以下2回に分けて、長野力哉先生インタビューをお届けします。
●音楽との出会いから指揮者になったきっかけを教えてください。
母が音楽好きでよくオーケストラの演奏会に連れて行ってもらいました。小さい頃はヴァイオリンを少し習いましたが、親は初めから立派な先生に習わせようと思ったらしく、先生の家がずいぶんと遠くて通うのが大変。しかも怖い先生でレッスンの順番を待っている時は、歯医者さんの待合い室にいる時みたいな憂鬱な心境でした。だから続きませんでしたね。
ところが中学2,3年生の頃、急にクラシック音楽の虜になり、毎週図書館から山のようにレコードを借りてきて貪るように聴いていました。
僕はオーボエの音色に魅了されてオーボエを始めていたのですが、進学する高校にはオーケストラ部があって友人からオーボエは常時募集中らしいよ、という話を聞いてこれも背中を押してくれました。
その高校にはオーケストラ部の他にオペラ部というのもありました。ピアノ2台で高校生が歌うんだけど、高校1年生の時に突然廊下で先輩にオペラ部の指揮を頼まれたんです。 なぜ頼まれたのか分からないんだけど、先輩は僕の情報を何か掴んでいたのかなぁ(笑)
とにかくそれを引き受けて人生初めて指揮した曲はプッチーニの「ジャンニスキッキ」でした。
その後、オーケストラ部の指揮もするようになり、指揮はホントに面白いと思っていましたが、同時に当時はオーボエ奏者になりたいという気持ちもありました。でも桐朋に入ると オーボエも指揮も、という二足のわらじはとてもじゃないけどできないと感じました。
それで高校生の時、指揮をちゃんと勉強したいと思って師事していた山田一雄先生や、 桐朋では尾高忠明先生、小澤征爾先生、秋山和慶先生等に教えてもらい指揮の道を歩きました。
●約30年振りの区民響の印象は如何ですか?
あの時は1回練習で振っただけだから、細かいことは覚えていませんが、雰囲気の明るいオーケストラで初対面の僕を気持ちよく受け容れてくれたという印象は残っています。
今回、30年ぶりとなっているわけですが、すごく層が厚いオーケストラだなと思いました。各パートにちゃんとリーダーや核になる人がいて、その人たちが全体をまとめて行くんだなと感じました。
●好きな作曲家は?
好きな作曲家は、多くの人がそうだと思うけれど、
今やっている曲の作曲家が好きになりますね。

・・・・・以下、次に続く。

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第62回定期演奏会の観覧応募締め切りは5月14日(必着)です。
こちらのページをご覧になり、奮ってご応募ください。

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